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大阪高等裁判所 平成2年(ラ)220号 決定

220号事件抗告人 221号、222号事件相手方 藤井克子 外1名

221号事件抗告人 220号、222号事件相手方 池田正之

222号事件抗告人 220号、221号事件相手方 池田周作

220号、221号、222号事件相手方 池田哲也

主文

原審判を取消す。

本件を京都家庭裁判所に差戻す。

理由

1  本件各抗告の趣旨及び理由は別紙1ないし3に記載のとおりである。

2  相続の開始、相続人及び法定相続分、遺産の範囲及び評価、特別受益並びに相続人各自の生活状況、遺産分割に関する意見等についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正・付加する外は、原審判が説示する理由(原審判3枚目表3行目から同5枚目裏7行目まで、同6枚目表9行目から同10枚目表3行目まで、同12枚目表初行から同13枚目表末行まで)と同一であるから、これを引用する。

(一)  原審判3枚目裏10行目の「記載のおり」を「記載のとおり」と改め、同4枚目表4行目の「被告に対し、」を削除し、同5行目の「申立人である被告」を「被告である原審申立人」と、同6行目の「土地を」を「土地は」と、それぞれ改め、同裏末行の次に行を改めて次のとおり加える。

「なお、原審申立人は、同1の(1)、(2)記載の不動産の価額が高額に過ぎると主張する。なるほど近時の関西地方、特に京都市内の地価が流動的であり、原審判の時点で不動産鑑定評価時点から約1年1か月経過し、現在の時点で約1年5か月経過していることに照らせば、右主張の適否について更に審理を尽くす必要がある場合があることは首肯できなくはないが、記録に顕れた関係証拠に照らせば、原審判の採用した鑑定評価額から審判時の価額を算定する方法が相当でないということはできず、原審判の認定判断は現在の時点でも相当と認められ、右主張は採用できない(なお、原審申立人は抗告審において同1の(1)の売却可能面積が約9平方メートル減少すると主張し、記録によれば具体的な面積は不明であるが、実測面積が登記簿上の面積よりやや少ないことが認められる。しかしながら、不動産価額の評価にあたって右程度の面積の多少は上記認定を左右するものではないというべきである。)。

また、原審相手方池田周作は、同2の(1)、(2)記載の不動産の価格が高きに過ぎるというけれども、原審における鑑定人は上記不動産を鑑定評価するにあたり同2の(2)記載の建物が現在同建物に入居中の賃借人の負担でほぼ全面改築されたという特殊性を考慮して借家権価格を算出しており、これに基づいた原審判の認定判断が不相当とはいえないから、右主張は採用できない。」

(二)  同5枚目表3行目の「金100万円」の次に「(なお、原審相手方藤井克子は上記ダイヤは遺産に属しないというけれども、記録によれば上記ダイヤは被相続人池田タエの遺産に属しており、ただ、遺産分割にあたって相続人間で同原審相手方に属すべき旨了解されているにすぎないことが認められる。)」を加える。

(三)  同6枚目裏7行目の「相手方」から同8行目の「折半して」までを「原審申立人が」と、同行の「ダイヤ」から同9行目の「克子が、」までを「ダイヤ及び」と、それぞれ改め、同行の「それぞれ」を削除し、同7枚目表12行目の「なんの協議も」を「なんら協議を」と、同裏7行目の「転居も」を「転居は」と、それぞれ改める。

(四)  同8枚目裏3行目の「佳子」を「圭子」と、同9枚目表9行目の「土地」を「不動産」と改める。

(五)  同13枚目表4行目を「(原審申立人が保管中)」と、同6行目の「相手方藤井克子」を「原審相手方福本智子」と、それぞれ改める。

3  寄与分について

原審判は、原審相手方池田周作及び同藤井克子に対し、無報酬で家業に貢献していないことを理由に寄与分を認めていない。しかしながら、右判断は次のとおり失当というべきである。

(一)  記録によれば、原審相手方池田周作は昭和23年ころから昭和50年ころまで家業の染色業の現場作業を手伝い、被相続人らから生活の面倒をみてもらっていたが、昭和36年に結婚するまでは小遣銭程度しか貰っておらず、結婚後は他の職人が月給10万円のときに月給2万円を貰い、昭和40年に第2子が生まれてから月給3万円を貰っていたにすぎなかったこと、同藤井克子は中学校を卒業した昭和24年ころから昭和40年に結婚するまで家業の仕事、特に会計を担当し、被相続人らから生活の面倒をみてもらっていたが、その対価として小遣銭程度しか貰っていなかったこと及び右の時期に被相続人池田忠和の事業が拡大し、被相続人らの不動産が増加したことが認められる。

(二)  ところで、被相続人の財産形成に相続人が寄与したことが遺産分割にあたって評価されるのは、寄与の程度が相当に高度な場合でなければならないから、被相続人の事業に関して労務を提供した場合、提供した労務にある程度見合った賃金や報酬等の対価が支払われたときは、寄与分と認めることはできないが、支払われた賃金や報酬等が提供した労務の対価として到底十分でないときは、報いられていない残余の部分については寄与分と認められる余地があると解される。また、寄与分が共同相続人間の実質的な衡平を図るための相続分の修正要素であることに照らせば、共同相続人のうちに家業に従事していなかった者と家業に貢献していた者がいる場合にこれを遺産分割に反映させる必要性があるというべきである。

そこで、これを本件について検討すると、上記認定事実によれば原審相手方池田周作については昭和23年から結婚する昭和36年まで、同藤井克子については昭和24年から昭和40年まで、それぞれ家業に従事して被相続人らの資産の増加に貢献したが、被相続人らから小遣銭程度を貰っていたにすぎないのであるから、上記期間の労務の提供については被相続人らの財産について寄与分があると認めるのが相当である。

(三)  ところが、上記のとおり原審判は同原審相手方らの寄与分を認めずに具体的相続分を決めているのであるから、右判断は失当というべく、更に同原審相手方らの寄与分の額について審理を尽くす必要がある(なお、原審申立人は申立以来寄与分の主張をしていないから、これを斟酌すべきものとは認められない。)。

4  本件における遺産分割の方法について

原審判は上記認定の各相続人の生活状況、分割方法に対する希望及び代償金の支払については原審申立人において遺産である不動産の売却処分も止むなしとしている事実を考慮して、最大の遺産である別紙遺産目録(編略)1記載の(1)、(2)記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を原審申立人の単独取得とし、相続分を超過した分を原審相手方らの不足分に充当するため、その代償金として合計金1億4480万円(原審相手方池田周作に金743万4375円、同藤井克子に金4702万3533円、同福本智子に金4793万0461円、同池田哲也に金4242万0375円)及びこれに対する利息金を支払うことを命じた。

しかし、原審判が採用した上記債務負担の方法による分割は、次のとおり相当ではないというべきである。

(一)  家事審判規則第109条は「特別の事由があると認めるとき」に限り債務負担による遺産分割の方法をとることができる旨規定しているが、右「特別の事由」とは、少なくとも相続財産が農業資産その他の不動産で細分化することが不適当であって、相続人の一人に単独取得させるのが相当と考えられるものであること及び当該相続財産を承継する相続人に債務の支払能力があることが必要と解される。

(二)  これを本件についてみるに、原審申立人は申立以来本件不動産を単独で取得することを希望し、そのために他の相続人に代償金を支払ってもよい旨述べているが、同人は本件不動産を利用して事業を営み生計を立てているわけではなく、自宅として使用しているにすぎない上、原審における審問の際、最終的に「自宅として今後も使用したいが、本件不動産を処分することもやむを得ないと考えている。」旨供述しているから、特に本件不動産を現物で原審申立人に単独取得させる必要性は乏しいというべきである。

次に、記録によれば原審申立人は他の相続人に対する代償金として各相続人に対し数百万円を念頭において債務負担による分割を希望していたところ、当初はこれに応じるかのような態度を示していた他の相続人も現在では相続分に従った分割を強く希望しているから、代償金額が極めて多額となることは明らかである(上記のとおり寄与分を考慮しない場合の代償金は合計金1億4480万円であるが、これを考慮して計算してもさほど変わるとは考えられない。)。ところが、原審申立人は会社の債務については自己が弁済する意向であるところ、未だに金800万円の債務が残っていると供述している上、会社の債務か個人の債務かは明確ではないものの、債務の弁済に充てるため次々に不動産を処分して他の相続人から不信の目で見られている。また、原審申立人名義の不動産は既に売却されて現在同人にさしたる資産があるとは窺われず、現に本件不動産の同人の共有持分権は債権者から仮差押を受けているのであって、これらの事情に照らせば、同人に上記多額の代償金を負担する能力があるとは認められない(なお、仮に債務負担による分割方法によるとすれば、同人から支払を受ける他の相続人の債権確保の手段を講じる必要があるというべきであるが、これが容易であるとは認め難い。)。

(三)  他方、上記原審申立人の支払能力に照らせば、同人は代償金を支払うためには本件不動産を売却処分せざるをえないと考えられるところ、そうすれば本件不動産を同人の単独所有とした趣旨が没却されることとなる。のみならず、その場合、実際の売却金額にもよるが、原審判の認定した本件不動産の評価額を基に検討すると、相当多額の譲渡所得税や住民税が同人に課せられ、他の相続人に対する代償金を捻出することが困難となることや原審申立人に相続分に相当する財産が残らなくなることも予想される。

また、債務負担の方法による分割の場合、他の相続人が取得する代償金は遺産の代替物であるからこれに対し譲渡所得税が課せられることはないのに対し、仮に代償金を支払って取得した遺産を売却する場合には、支払った代償金はその資産の取得費として税法上控除できないこととされている。したがって、売却を前提として他の相続人に代償金を支払って遺産を取得するという分割は、遺産の取得者と代償金取得者との間の実質的な衡平を害することとなる。

以上によれば、本件は当事者双方のために債務負担による分割方法によることが相当でない事案というべきであって、現在では原審申立人も本件不動産を処分することに同意し、他の相続人もこれを了解しているのであるから、むしろ、本件不動産を換価して分割するのが相当である。

5  以上のとおり、本件においては原審相手方池田周作及び同藤井克子の寄与分の金額について更に審理を尽くす必要があり、また、本件は換価分割の方法によって分割するのが相当であるから、本件不動産を上記方法によって分割するにあたって必要な審理、手続(任意売却の可能性の有無、換価人の選任等)を尽くす必要がある。そこで、これらの点について更に審理、手続を尽くさせるため本件を京都家庭裁判所に差戻すのが相当である。

よって、原審判は相当でないのでこれを取消し、家事審判規則第19条第1項を適用して本件を京都家庭裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 長門栄吉 永松健幹)

別紙1(220号事件)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を京都家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の実情

(6)相続人各自の生活状況、遺産分割に関する意見等、の(イ)の「金銭信託は相手方藤井克子および相手方福本智子が折半して保管中であり、同2の(4)記載のダイヤは、相手方藤井克子が」のところは、金銭信託は、申立人池田正之が保管中であり相手方藤井克子および相手方福本智子は折半していないが正しい。(ハ)の「長女佳子」は「圭子」が正しい。(4)寄与分の「昭和40年に30歳」では、「33歳」が正しい。

別紙の(3)○○信託銀行貸付信託、金銭信託の「(相手方藤井克子および福本智子が折半して保管中)」は、「申立人池田正之」が保管中であり、相手方藤井克子、同福本智子は折半はしていないが正しい。

(4)ダイヤ1個(1.25カラット)の「(相手方藤井克子が保管中)」は相手方福本智子が保管中が正しいです。

別紙目録2(4)記載のダイヤ1個は、相手方藤井が中学卒業後33歳までの16年間家業の手伝をしてした代償として取得するもので遺産には含まれない(全員が納得している)ところが審判では遺産として含まれている。

別紙2(221号事件)

抗告の趣旨

原審判を取消し、相当な審判を求める。

抗告の理由

原審判は、抗告人の取得した別紙遺産目録1の(1)、(2)記載の不動産の価格は金1億6700万円を超えるものでないのに、金1億9480万9120円と認定し、そのため、相手方らに支払う代償の金額を過大なものとした。

この誤りを是正されたく、抗告を申し立てる。

なお、立証方法は追って提出する。

別紙3(222号事件)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を京都家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の実情

〈1〉私の相続分として金5000万0375円を現在賃貸中の○△町××-×の土地、家屋(空家価格)で金4256万6000円の差引金743万4375円は兄より受取るようの審判ですが賃貸中であり約30年来の借家人であり家屋は兄の認可で新築同様に建替えております。費用は借家人の負担です。到底空家価格では売却する事は出来ません。他の兄弟には兄より約4000万以上の現金取得が有りますが私の取得物件は価値が無く半額程度しか売却出来ません。私は家裁にて私の寄与分として単独取得を申し上げました。そうして他の遺産について五等分にして下さる様お願い致しましたが認められませんでした。

〈2〉現在賃貸中の家賃を兄は平成4年5月分まで貰っており私が今回の審判により相続した時、家賃の返還を求めますが、兄は固定資産税、仏の花代等に使っていると申しておりますが現在兄の住んでいる土地、家屋の固定資産税までこの家賃で払っているようです。兄は非常に暴力的な言動を取り話合ふ気持がありません。

今回の審判に付いても払えないとの一点張りで即時抗告をすると言っています。高裁より家裁に差戻された時には兄よりの支払等について裁判所の立会い指示の元で私達に支払う様にお願い致します。

〈3〉審判の内容も異なり私達親子と母が同居した事は有りません。又、月給についても協議した事も有りません。只一方的に決め話をしても受付けず困り果てました。当時の友仙の職人でさえ月々(約12万円程)の収入がありました。私達親子4人で月2万円の金額で生活しなければなりません。そして家を追出され借家を貸りるのにも金もなく母に言っても出して呉れず仕方なく家内の実家より借りて暮しました。亡父も二つ有る家、工場の一つを私が取得する様言っていたのに残念です。今回の調停の時、調査官にも再三にわたり私の寄与分家賃分の返還等を説明もしましたが認めて貰えず非常に残念でたまりません。

〈4〉兄は○○染工の負債があると申しますが、会社名儀・個人名儀を問わず売却しており、兄の言ふ様な負債があるとは思いません。そうして自分の家の二階を新築同様に改築しており兄の子供達の教育費用等にも多額の金を使ったと聞いております。私達夫婦子供とも最低の生活を強いられ苦労の連続で細々と暮しております。以上申し述べた事を充分に考慮されたくお願い申し上げます。

追伸 借家一ヶ月 家賃 金23,000円

礼金 金250,000

敷金 金250,000

2年毎契約更新 金3,000

約8年余りで約300万円の家賃を支払いました。家内も子供達も家を追出されて以来内職パートアルバイト等で働いてくれ本当に苦労を掛けました。一日も早くこの相続が解決して今までの苦労に報いたく思います。

何分にも宣敷くお願い申し上げます。

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